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2012年8月

2012年8月30日 (木)

韓国語教師研修

8月15日から19日まで韓国文化院の主催で行われた『韓国語教師研修』に参加してきました。NHKラジオ講座の講師を始めとして日頃お目にかかれない著名な先生方の講義を受講し、最終日には研究授業(発表)も参加者全員が行う、結構盛りだくさんな内容でしたが、本当によい経験になりました。先生方に感謝です。特に、研究授業pencilは受け身ではできないので、勉強になりました。

もっとも、教えた経験が一度もない私が、実践で教えていらっしゃる先生方に混じって果たしてついていけるのか、とても不安gawkでした。

初日に研究授業で自分のやるテーマを出すように言われ、何も考えていなかった私は大変困ったのですが、その時たまたま頭にあったひとつのアイデアflairが、結局は最後まで自分の模擬授業のテーマになってしまいました。こういう伏線というかしかけも、受講生を導いていくのには有効だなと、感心したところです。

「教える対象者は中級者。短い物語を読んで理解し、内容についてディスカッションする」ことを想定し、授業は韓国語でやりました。(ちょっと無謀sign02)この数日間、睡眠時間を減らしてそれなりに一生懸命sweat01準備し、何とかやり遂げることができたのは、ひとえに、私たちの班を担当してくださった阪堂先生virgoのアドバイスと励ましのおかげです。つたない発表ではありましたが、準備しながら、我ながら自分が少し進化していくような気がして、割と気持ちよく研修を終えることができました。

ちなみに、取り上げた文章はこちら『賢い遺言pen』です。

教えた経験はなくても、教わった経験からこんな授業だったらいいのにな、というイメージだけは結構もっているものなんですよね。だからと言って、自分が教えるとなると、全く思うようにいかないものですね。今回の研修を生かして、いつか何らかの形で教える機会をもてたらいいな、と思います。

今や、始めてから日が浅いと言い訳できなくなった韓国語、この頃マンネリで、字幕付きドラマtvを楽しむ他は何もしていないような状態が続いていたのですが、研修を受講して、また新しい一歩を踏み出すfootチャンスをいただいたような気がしています。

『調子っぱずれのD』 最初からp.253の10行目

な―んと3月以来の記事UPです。『ぽにょっ会』の皆さん、UPが遅くなってごめんなさい。

キム・ジュンヒョクの小説『楽器たちの図書館』をみんなでまるごと1冊翻訳しちゃいましょう、というプロジェクト!今回がとうとう最終回です。ここまで導いてくださったnikkaさん、テラさん、メンバーの皆さん、本当にありがとうございます。

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(テラさんが一針一針縫ってくださった『うるじましおり』です)

最後の短編『調子っぱずれのD』。この小説の中に、Dが、音痴のひとたちの歌う歌をワンフレーズずつ集めて編曲するプロジェクトが出てくるのですが、昨年の秋に、作家が来日しての対話を聴きに行ったとき、実際に作家が編集した「みんなの歌」を動画で見せてくださったんですよね。翻訳しながら、その時の曲の印象が重なりました。

学校時代うだつが上がらない、みんなに馬鹿にされていた『調子っぱずれのD』が、何と音楽の世界で成功します。音を通しての人と人との絆、はにかみながらそっとつながっていくような絆が、『楽器たちの図書館』全体を通してのキム・ジュンヒョクさんのメッセージかとも思いました。

さて、私の担当は最初の3ページ半ほど。結構難しい、訳しにくいところが多かったです。皆さんの訳や感想など聞かせてくださいね。

one まず題名の『엇박자 D』。何人かすでにコメントされていますが、これは『調子っぱずれのD』と訳しました。原語は、拍子が外れる人という意味だし、調子っぱずれは、どちらかというと音程が外れる人を指すのでしょうけれど、『拍子っぱずれ』というのは日本語の語彙としてあんまりなじみがないように思いました。また、『音痴』ってことばより、『調子っぱずれ』の方が、なんとなく温かい視線を感じます。文中にたくさん出てくるので、いちいち『調子っぱずれのD』とすると長いなあ、ちょっとうるさいかなあ、と思ったのですが、適宜Dと省略した方のコメントに、なるほどと思いました。『の』は入っていたほうが日本語らしいかな、と。

two p.249の最後の行‘왜요? 아는 사람이에요?’の왜요?がどういうニュアンスかなとうまく訳せませんでした。僕が何か知っているようなそぶりを見せたのかな、とも思って「えっ!この人知っているんですか。」としたのですが、「(表紙の人)知ってる人ですか。」って単に聞いたのかな、とも。その場合、왜요?は敢えて訳す必要ないのかしら。

three .250の8行目 널뛰기は、『ノルティギ(シーソー跳び)』としました。民俗村に行って実際ノルティギをやってみましたが、意外と難しいんですよ。案内してくれた韓国人の友達はさすがに上手に跳んでいました。こうした日本語に置き換えられない韓国特有のものが出てきたとき、皆さんは翻訳文にどの位盛り込みますか。それとも、注釈をつけますか。

four 同下から4行目 무릎을 치며 웃었다は、『ひざをたたいて笑った。』で、そのままなんですが、日本語だったらどういうでしょう。

five .2514行目 엇박자 세상을 뒤집기 위해 우리의 음악도 엇박자.コピーらしくすのしいですね『調子っぱずれの世の中を覆そう。僕らの音楽も調子っぱずれだ。』

six 同下から6行目 말랑말랑하고 뽀송뽀송한 상태 『気持ちが浮き立っていて、マリのように弾んだ状態』なんてしたんですけど、どうなんでしょう。말랑말랑はふわふわ・ふかふかした感じで、뽀송뽀송は、子供のほっぺのように柔らかくて瑞々しくきめ細かく弾力のある感じ。

seven .252の4行目 진한 화장을  늙은 창녀 같은 이미지「厚化粧をした老娼婦のようなイメージ」って。一時は一世を風靡したかもしれないけれど、今や廃れてしまい、厚化粧で精一杯とりつくろっているものの、誰からも相手にされなくなった娼婦のイメージ?

他にも、いろいろお気づきの点、感想などお聞かせいただければと思います。

 

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